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じぶんごと

表現の自由の副産物。”謝る”ことで発生する解釈の固定

更新日:

どうも、入院中ブロガーのだいすけ(@apainidia)です!

 

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さて、今回は表現の自由の中での、解釈の固定の恐怖について話をしたいと思います。

なんのことかよくわからないと思いますが、先日ツイッターで見たちょっとした

炎上が、僕の心に響いたので記事にしておきたかった。

興味がある方は是非読んでみてください!

 

なんのこと?

 

つい数日前、RADWIMPSが新曲を出しましたね。

そのシングルのカップリング曲、HINOMARUの歌詞が物議を醸しました。

 

まぁ、詳しくはググってもらえればわかると思うのですが、簡単に言うと、

歌詞の中で表現されている言葉に、愛国心を感じる人もいれば軍歌に感じる人もいて、

軍歌に感じた人が不快な思いをした、ということで野田さんが謝罪ツイートを

しました。

このツイートに対するリプライの中には、

「解釈の自由を固定するな」

という発言も見受けられたことに対して、

あぁなるほどな〜と。

むちゃくちゃ共感できたわけです。

 

「まさかそんな解釈(軍歌)をする人がいるとは思いませんでした。もしそう思ってしまった人がいるなら、ごめんなさい。」

これを要約すると、

「これは軍歌ではありません。」

ということになりますよね。

野田さんは謝るべきだったのか

僕は、謝るべきではなかったのでは、と思います。

 

この問題だけでなく、表現の自由には必ず解釈の自由が伴います。

解釈の自由は、表現者が自由であるからこそ成り立つのであり、

そこで表現者が解釈を固定してしまうと、更なるヘイトを生んでしまう可能性があるわけです。

 

踊らされている、といえばそうかもしれません。

が、僕もブロガーとして自分の考えや意見を表現する人間として、

こういった解釈の自由を潰してしまう可能性が自分にもある

ということを理解した上で記事を執筆する必要がありますね。

 

まぁ、それでも僕みたいな個人ブロガーは尖った意見を出すべきだと思いますけどね。

それでこそ、みたいな部分はあると思いますし。

 

最後に

普段、こういった野次リプってあんまり心に響かないのですが

今回の指摘はぐさっときたので思わず記事にしました。

「アンチにいちいち反応する」

とかではなく、心に留めておかないといけないと思ったので

記事にした次第です。

 

もし、共感できる人がいればツイッターでも構わないので意見を頂けると幸いです。

以上です。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。だいすけ(@apainidia)でした!

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